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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)6363号 判決 1996年12月20日

原告

平岡貴章

被告

千代田火災海上保険株式会社

主文

一  原告の被告に対する請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金三一一万六八一一円及びこれに対する平成七年七月四日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自家用自動車総合保険を締結していた原告が、保険金未納中に事故を起こしたものの、「未納の分割保険料を後日支払つたことによつて、分割保険料の支払いは追完された。」と主張して、保険会社に対し保険金の支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実及び争点判断の前提事実(以下( )内は認定に供した主たる証拠を示す)

1  保険契約の締結(争いがない)

原告は、平成六年一月八日、損害保険事業を営む被告との間で左記内容の自家用自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という)を締結した。

(一) 保険期間 平成六年一月八日から平成七年一月八日午後四時まで

(二) 被保険自動車 普通乗用自動車(なにわ三三の二七四八、以下「本件車両」という)

(三) 担保種類 車両保険契約金額四〇〇万円、対物賠償保険金額一事故について二〇〇〇万円を含む

(四) 保険料の支払い 分割払い、払込回数一〇回、払込方法口座振替、年間保険料三五万七七二〇円、初回払込保険料八万九四三〇円

2  分割保険料の遅滞(争いがない)

原告は、本件保険契約に基づく、支払期日平成六年一〇月二六日の第九回目及び同年一一月二六日の第一〇回目の各保険料の支払いを遅滞した。

3  事故の発生(甲三、原告本人)

原告は、平成六年一二月八日午後五時一七分ころ、本件車両を運転して大阪市港区福崎一丁目二番二七号先市道を進行中、先行している野間博和運転の普通乗用自動車(所有者野間京一、なにわ三三ぬ三四六九号、以下「被害車両」という)に追突した。

4  保険料の支払(争いがない)

原告は、平成六年一二月、遅滞にかかる保険料五万九六二〇円を支払つた。

5  修理代の支払(甲五ないし八、原告本人)

本件事故によつて、本件車両は修理代二一六万〇〇七五円、被害車両は九五万六七三六円の修理費を要する損害を蒙り、原告は右各修理代を支払つた。

6  保険料の遅滞に関する保険約款

本件保険契約の分割払い特約第五条には、「当会社は、保険契約者が第二回目以降の分割保険料について、当該分割保険料を払込期日後一か月を経過した後もその払込を怠つたときは、その払込期日後に生じた事故については、保険料を支払いません。」と規定している(以下「本件特約」という)。

二  争点 被告の保険金支払義務の存否

(原告の主張の要旨)

被告は原告の第二回目の保険料不払いの事実を早期に把握していた。にも拘わらず、被告は被告の保険代理店店長である本田仁司(以下「本田」という)を通じて未払保険料を早期に支払えば保険金が出る旨を原告に示して保険金の支払を原告に要請し、原告はこれに応じて保険金の追加支払をなした。また、平成六年一二月一二日ころ、被告会社の河野と名乗る社員は、原告の事故報告に対して、保険金が支払われるような行動をなし、本田も、保険金が支給される旨を原告に伝えた。

そして、平成六年一二月二二日、被告の鹿島課長代理が、被告の社員にミスがあつたことは認める旨を述べた。

このような事実関係からすれば、分割保険料は追完され、瑕疵なく支払われたことになる。仮に瑕疵の追完ということが認められないとしても、信義則上、被告が免責の主張をすることは許されない。

(被告の主張の要旨)

原告は、平成六年一〇月二六日の第九回目の保険料の支払を期日までに行わず、その後一か月を経過した同年一一月二六日に至るもその支払を行わなかつたのであるから、本件特約に基づき、同年一二月八日発生の交通事故についての保険金支払は免責される。

原告は、同年一二月二一日ころ、被告の要請により、本田を通じて保険料の追加払いをしている。しかし、被告が保険料支払の要請をしたのは、当該保険料支払時点から本件保険契約による保険期間の終期までの間の事故を保険填補するためになされたもので、本件事故についての保険免責をおおい隠したり、保険の適用を容認する意図でなされたものではない。仮に本田が保険金が支払われるような言動を示していたとしても、本田は保険代理店の者であるところ、保険代理店は、保険契約の募集及び契約締結を中心とする委託業務に限つて保険会社を代理する者であるから、その言動が被告の法律関係に法的効果を及ぼすことはない。

第三争点に対する判断

一  裁判所の認定事実

証拠(甲二、四の1ないし5、八、乙二ないし一〇、証人今村聡、同本田仁司、同鹿島博康、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると次の各事実を認めることができる。

1  当事者の地位、保険料の入金管理等

(一) 当事者の地位

本田は、被告の保険代理店をしていたトヨタカローラ南海株式会社の藤井寺アイシープラザの店長であり、今村聡(以下「今村」という)は本田、原告の共通の知人である。

本件契約についての被告会社の担当営業部署は大阪自動車営業部営業第三課(以下「第三課」という)であつた。

(二) 保険代理店と被告の関係

保険代理店は、損害保険代理店委託契約に基づいて、<1>保険契約の締結、<2>保険契約の変更・解除の申出の受付、<3>保険料の領収又は返還、<4>保険証券の交付並びに保険料領収書の発行及び交付、<5>保険の目的の調査、<6>その他保険募集に必要な事項で会社が特に指示した業務をなす。即ち、保険代理店は、保険契約の募集又は契約締結を中心とする委託業務に限つて保険会社を代理するものであり、保険事故発生後の示談交渉、損害額の査定等については、権限を有せず、これらの業務は、保険会社の査定部門が専らこれを担当し、保険会社査定社員あるいは代理人弁護士らが保険事故被害者(車両保険の場合には被保険者)と直接交渉し解決を図るものである。事故が発生した場合、代理店が保険契約者から事故の連絡を受けたうえ、これを保険会社に通知するが、これは、代理店が顧客である契約者に対する顧客管理の一環として、契約者と保険会社間の事務連絡を使者として中継ぎをするに過ぎず、契約の一方の代理人の立場として行動するものではない(特に乙二、三)。

(三) 保険料の入金管理

保険料の入金管理は、東京にある被告会社本店の事務センターが銀行とコンピユーターネツトワークを組んで一括集中管理しており、現地の担当営業部である第三課は、当該契約毎の入出金の管理をしていない。たとえば、一〇月二六日が支払期日の保険料が口座振替できなかつた場合、翌一一月一六日ころ、前記事務センターから「預金口座振替保険料再請求明細表」三部が第三課に送付され、第三課はこのうち一部を手元に記録し、残り二部を代理店に転送する。又、事務センターは、同日ころ、契約者にも「前回は振替不能であつた旨、次回は二回分の保険料が振替られる旨」を記した葉書を送付する。右同様に、一一月二六日の二回分の保険料が口座振替されたかどうかについて、第三課がこれを知る時期も、一二月一六日ころとなる。

但し、第三課において、特に口座振替の有無を積極的に確認しようとすれば、一二日ころ、コンピユーターの端末操作によつて先月分の振替の有無の確認が可能である(特に乙四、六、七)。

(四) 保険料未納の場合の事故処理

保険料未納の場合、保険代理店を通じて保険料の支払の催告がなされ、二回分の振替がなされず、従つて本件特約による免責事由に該当することが判明した場合でも、無事故による保険料の割引の利益を継続して受けるため、保険料の支払がなされる場合が多い。

二回分の振替の不能の事実が発生している可能性があるが、これが前記の時間差のために確定できない場合においても、右確定を待つて事故処理を開始することになれば、保険契約者に迷惑をかけることから、被告は保険料が既に払い込まれているという前提に立つて、事故処理の通知を受けると同時に損害調査等の手続に入り、契約者には保険金請求書の送付を求める通知がなされる(特に甲四の1、2、証人鹿島博康)。

2  本件事故報告

原告は、平成六年一二月八日夕刻、今村に「事故を起こしたので、保険手続をお願いしたい。」旨の電話をした。当時、原告の母親が専ら通帳の管理をしていたこともあつて、原告は保険料未納の事実を知らずに右連絡をし、今村が本田に連絡したところ、本田は、本件契約の保険料が平成六年の三月ころ、一時遅滞したことを知つていたため、保険金の支払いがなされているかを確認すべく、翌一二月九日、第三課の女性社員に「保険はいけるか。」と電話で問い合わせた。女性社員は、右問い合わせの意味を「保険契約が存在するか。」という意味に捉え、保険契約の存否だけを確認し「保険契約はいけます。」と答えた。本田は、その言葉を受け、「保険は生きている。」と今村に伝え、同人は原告に「保険が使えるから修理をすればよい。」と伝えた。更に、原告は同月一二日ころ、被告自動車第二サービスセンターの事務員の河野から保険事故が受理された旨の連絡を受け、同月一四日には保険請求書の送付を求める依頼書がきたことから、原告は保険料が確実に出ると思い、本件車両及び被害車両の修理を依頼した。なお、アジヤスターが同年一二月一二日ころ、被害車両の調査に立ち会つた。

3  追加保険料の支払

第三課は、平成六年一二月一六日になつて、事務センターからの連絡で、原告の平成六年一〇月二六日と同年一一月二六日の各保険料振替不能の事実を知つた。そこで、被告会社の担当者が、一二月一九日ころ、本田に対し、「保険料が未払いになつているため、保険金は出ない。」旨告げた。

本田は、このような場合、前記免責条項によつて保険金が支払われることはないと知つていたが、「未納分の保険料を支払えば被告の方で便宜を図つてくれ、もしかしたら保険金を出してくれるかもしれない。」と判断し、右未納金を支払つたうえ、立替えの事実を今村に報告した。今村も、「難しいであろうが、立て替えれば、あるいは保険金が出るかもしれない。」という期待を持ち、そのことを原告の母に伝えた。

4  被告の対応

平成六年一二月二二日ころ、原告、その母、今村、本田、第三課課長代理の鹿島博康が集つて善後策を講じたが、鹿島は、「規定どおり保険金は支払えない。ただ、第三課の女性社員が誤解を与えるような発言をしたこと自体は、道義的に責任を感じる。本件事故の被害者との示談交渉は被告においてこれをなす。」旨の提案がなされ、本田からは迷惑料として二〇万円を支払う旨の提案があつたが、原告は保険料の支払を求め、結局物別れに終わつた。

二  裁判所の判断

分割保険料の支払がなされず、本件特約に基づく免責の効果が生じた場合には、その後に右分割保険料が支払われたとしても、当初に遡つて遅滞にならなかつたものとして免責の効果が排除されることはないのが原則である。しかし、保険会社において、保険料未納の事実を知りながら免責を主張しないとの合意あるいは意図の下に未納保険料を受領した場合においては、例外的に追完が認められる場合があり、また、免責事由の存在を知りながら免責を主張しない旨を積極的に表明し、後にこれを覆すことが信義則に反する場合があることも否定できない。

これを本件についてみるに、本田が保険料を立て替えて支払つたのは、専ら本田自身の前記判断に基づくものであり、被告から免責を主張しないとの約束を取り付けたうえのものでも、被告の意図を受けたからでもない。被告において右保険料を受取つたのも、前記1(四)前段の理由に基づくもので、免責の主張の放棄を企図したものではない。事故報告の受理及びその後の被告の社員河野やアジヤスターの言動は、一見保険金が出ることを前提の行動に見えなくはないが、免責事由の有無の確定を待つて事故処理を開始することになれば、保険契約者に迷惑をかけることになるからこれを防止するためになされたもので、通常の処理の仕方を本件についても採つたに過ぎず、原告の保険料未払の事実を知悉しながら保険金を支払う意図の下になされたものではない。

確かに、第三課の女性社員の本田に対する対応が不適当であつたことは鹿島証言の認めるところである。しかし、右時点(一二月九日)で第三課の社員がコンピユーターの端末を操作しても、一〇月二六日の振替不能の事実は知り得ても、一一月二六日の振替不能の事実は分からなかつたわけであるから、本件において右不手際はさほど重要な意味を持つものでない。したがつて、電話の対応が不適当であつたからといつて、信義則上被告が免責を主張できなくなるというものではない。

以上の次第で、原告の主張は理由がなく、被告の免責が認められる。

(裁判官 樋口英明)

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